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光照寺
(せいたいさんえいげついん こうしょうじ)

時宗遊行寺派   西台山英月院光照寺    創建  弘安元年〜二年(1279年〜1280年)頃  開山  一向俊聖上人

本尊 阿弥陀三尊 

かまくら子ども風土記(中巻)P33〜P34
光照寺
 北鎌倉から山ノ内通りを行き小坂郵便局前を通り越してしばらく行くと、すぐ左に
台山(だいやま)の方へ折れる道があります。この道を登って行くと右側に時宗遊行寺派
の山号を西台山(せいたいさん)という光照寺があります。
  石段を登り古い山門をくぐると、右側に日限地蔵とか子育て地蔵と呼ばれるお地蔵
さまが立っています。山門は昔は、東渓院のものでしたが、東渓院が廃止された明治
の初めに今の所に移され「くるす門」といい、キリスト教の十字の模様がある珍しい
門です。本堂はこの奥正面に見え、本尊の阿弥陀仏を安置してあります。わきに天文
二十五年(1556年)の銘があり、東渓院から移された釈迦如来像があります。本堂
の右に庫裏が並んでいます。
  この境内には古い墓石に混じって「おしゃぶき」と呼ばれる小さな石碑が立ってい
ます。村の人の話では、これに毎月お参りすると、年寄りや子どもの悪いせきはすっ
かり治ってしまうということです。
  寺宝に正中二年(1325年)の銘のある安山岩製の板碑があります。その上部には
阿弥陀三尊の梵字が彫ってあります。
 安山岩製のこのような古い板碑は大変珍しい貴重な資料です。
 この寺は、弘安二、三年(1279−1280年)ごろに一向上人が開いたと伝えて
います。この坊さんは時宗を開いた一遍上人と同じように、日本中に仏教の教えの一
つである他力の教えを説かれた偉い人でした。ところが、このふたりは同じ時代に生
まれながら一度も会ったことがないそうで、一説には同一人物ともいわれているので
一遍上人が開山とも考えられます。寺そのものはこれ以前からあり、時宗で、場所も
西の台のはずれにあったそうです。
   山門(クルス門)にあるキリスト教の十字の模様は、探してみてください。   
         
         
かまくら子ども風土記(中巻)P35
東溪院(とうけいいん)廃寺
 光照寺を出て広い切通を登り、台の本村に入って左の小道を行くと、東溪院が台
地の上にありました。明治時代の初めに廃仏毀釈といって、神道を盛んにするため
に仏教を排斥する運動が全国に起こり、多くの寺院がつぶされました。このときこ
の寺もつぶされてしまったのです。今このあたりには民家が建ち何も見られません。
 昔は山号を徳蔵山といい、本尊は箱根湯元の早雲寺の末寺で臨済宗でした。ある
大名が信仰して大切にした寺として栄えていました。本尊は阿弥陀仏で、このほか
にりっぱな釈迦如来の木像が安置されていましたが、廃寺になったときに光照寺に
移されました。付近の家にはこの寺で使っていた打敷などの仏具が今も残っている
そうです。また、寺の跡にあった石塔も近くの家にまつられています。
 

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