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円応寺
(あらいざん えんのうじ)

臨済宗建長寺派   新居山 円応寺    創建  建長二年(1250年)    開山  智覚禅師
本尊 閻魔王 
かまくら子ども風土記(中巻)P7〜P8
子育て閻魔(円応寺)
   小袋坂を登り切り、建長寺に向かう途中の左側の階段を登ると円応寺があります。円応寺は
江戸時代の「新編鎌倉志」という書物には、「新居の閻魔は、由比ヶ浜大鳥居の東南にあり新
居山と号する。」とあり、「鎌倉欖勝考」という書物には、現在の地にあったことが書かれて
います。本尊は閻魔大王(国の重要文化財)で、顔は鎌倉時代の特徴のあるりっぱな作です。あ
から顔、こぶの盛り上がった額、大きい目玉、かっと開いた口、亡者を震え上がらせるにじゅ
うぶんな形相です。この閻魔大王は、昔から運慶の作といわれていました。そして、この像に
ついて次のような伝説があります。
  運慶は鎌倉時代の有名な彫刻家で、東大寺南大門の仁王像を彫った人です。彼が晩年病気に
なって仮死状態になったときのことです。それぞれの道を通って閻魔大王の前に出ると、
  「お前が運慶か。世間ではわしのことを血も涙もないやつと言っているが、そうではない。
わしは人間のいきていた間の行いについてさばく裁判官で、つまり正義の味方だ。わしの姿や
顔をちゃんと見ておけ。もう一度現世に帰してやるから、わたしの姿をそのまま彫刻して人間
どもに見せてやれ。」と言い終わったかと思うと運慶は仮死からさめました。この記憶をもと
に作りあげたのが、高さ1.9メートルもある閻魔大王だといわれています。お堂には閻魔大
王を中心に、地獄の裁判をする十体の王がまつられています。三途の川で着物をはぐ怖い奪衣
婆の像もあります。
  毎年一月と八月十六日は、お祭りでにぎわいます。この寺で赤ちゃんの名前をつけてもらう
とじょうぶに育つということから、子育て閻魔といい、お参りする人が多いようです。  
     


円応寺さんは撮影禁止です。
知人の紹介により撮影。
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