鶴岡八幡宮境内 | 順路 白旗神社 |
かまくら子ども風土記(上巻)P87〜P88 | ||
下宮 | ||
大いちょうの東側にある社で若宮ともいい、頼朝が最初に建てた八幡宮の場所です。仁徳天皇・ 履中天皇・仲媛命・磐之媛命をまつり、江戸時代の将軍、徳川秀忠や家光が再建したりっぱな建物 です。ここには次のような話があります。 文治二年(1186年)四月、頼朝と夫人の政子がお参りしたついでに静御前の舞を所望し、見 物したことがありました。義経は頼朝の弟ですが、仲が悪くなって頼朝に追われていました。静御 前もいっしょに逃げていたのですが、捕らえられて鎌倉に連れてこられていたのです。静御前は舞 が非常にじょうずでした。 しずやしず しずのおだまき くりかえし むかしを今に なすよしもがな と、うたいながら舞う静御前のすばらしさに、見ている人たちは、水を打ったように静かになって しまいました。終わってから、頼朝は義経を慕う歌をうたったといって大変おこりましたが、政子 になだめられてほうびを与えたということです。 これはこのお宮の回廊であったことですが、今、正面にある舞殿は、その当時下宮が石段の所 にあったそうですから、回廊の正面になっていたものと思われます。 |
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