![]() |
![]() |
|||
半僧坊 | 天狗像 | |||
かまくら子ども風土記(中巻)P19 | ||||
半僧坊と座禅窟 | ||||
建長寺の後ろの山を勝上けんといい、明治二十三年(1890年)ここに半僧坊大権現をまつるほこらを建てました。祭りは毎年十七日でにぎやかです。石段の中腹には鉄製の天狗像数体があってなかなかおもしろいながめでしたが、戦時中に供出してしまいました。 勝上?は高さが百十四メートルぐらいで、ここから尾根伝いに天園・覚園寺・瑞泉寺方面へのハイキングコースがあり、鎌倉の山々や町の様子や相模湾などがよく見え、春秋の遠足コースには、大変よいところです。 半僧坊本殿の左側に古い井戸がありますが、この井戸の少し上に、開山の禅師窟と呼ばれるほら穴があります。ここには次のような話が残っています。 大覚禅師がここで座禅をしているとおどり念仏で有名な一遍上人がたずねてきて、 躍りはねて ふしてだにも かなわぬを いねむりしては いかがあるべき という歌をよみました。禅師はこれにこたえて 躍りはね 庭に穂ひろう 小雀は 鷲のすみかを いかが知るべき とよみましたので、一遍上人も禅師に敬服したということです。 一遍上人はまた遊行上人とも呼ばれ、十五歳のとき比叡山に登り、十二年間天台宗の勉強をしました。ついで浄土宗を学び、ついに時宗という一派を開いて、全国を歩いて仏教をひろめました。藤沢の遊行寺(清浄光寺)は、その高弟呑海上人が建てた寺で、時宗の総本山です。 |